救急車が到着した。
外から聞こえる、ざわめく声。
点々と、赤い飛沫の跡がついた机。
教室内は、静かだった。
A
そんなつもりで言ったわけではなかったのに。
自分達の発した言葉に、深く後悔する。
『ウザイんだよ』
『消えろよ』
『死ね』
Aは、無口な人間だった。
話しかけても、ただ頷くだけで、自分から何かを言おうとはしない。
次第にそれが、苛ついてきて。
何か気に食わないことがあれば、すぐ彼に当たるようになっていった。
時には暴力を振るうこともあった。
それでも彼は、何も言わない。
だから、余計に腹が立って。
彼への暴言は、更に酷いものとなった。
『お前はこの教室の屑だ』
『とっとと失せろよ』
『死ね』
そしてある日。
『そんなに言うのなら、死んでやるよ』
Aはそう吐き捨て。
筆箱からカッターナイフを取り出し、手首を強く切りつけた。
飛び散る赤い血、
錆びた鉄の匂い、
そして机に突っ伏したA。
教室内は凍りついた。
そんなつもりで言ったわけではなかったのに。
彼を乗せていく救急車を、無言で見送った。
放課後。
担任の先生が、静かに言う。
『A君は、5針も縫うことになりましたが、幸い命は取り留めました』
生徒達は、何も言わなかった。
翌朝。
教室内は、ざわついていた。
Aの話題で。
あんなつもりで言ったわけではなかったのに。
彼は、今までどんな気持ちで、この教室に来ていたのだろう。
今後彼は、学校に来るのだろうか。
私たちは今後どうするべきなのか。
と、教室の戸を開ける音がした。同時に、挨拶の声。
「おはよう」
彼らは教室の方向を向き、静止した。
挨拶を返そうとしたが、返せなかった。
声の主は、Aだった。
Aは何もなかったかのような顔で席へと向かい、
椅子に座り、机に鞄を置いた。
「あれ?皆どうしたの?」
何もなかったかのような顔でAが言う。
だが手首には、薄赤の傷跡。
教室内は、再び凍りついた。
Aは、笑っていた。
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